Site Web cahier ── 書評・エッセー・研究レヴュー

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フランス語・フランス文学に関するエッセーや研究レヴューを随時更新していきます。

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書評コーナー

過去の書評・エッセー・研究レヴュー

2008年9月5日 12時32分 [WEB担当]

2008年春季大会ワークショップ4

WS

フランス語教育スタージュ ― 過去、現在、未来

パネリスト 星埜守之(東京大学、コーディネーター)、明石伸子(早稲田大学非常勤講師)、善本孝(白百合女子大学)、平松尚子(慶応義塾大学非常勤講師)

星埜守之(語学教育委員長)

 春の語学教育スタージュが本会と日本フランス語教育学会、在日フランス大使館との共催でスタートしてから、この3月ですでに3回のスタージュが実施されている。このワークショップはこれをひとつの節目と考え、スタージュ運営の実務にかかわってきた語学教育委員会の主催により、これまでの経験と今後の展望を共有するために開かれたもので、スタージュ担当幹事として本年3月のスタージュの運営にあたった明石伸子氏、旧スタージュの時代から新スタージュまでの組織にかかわってこられた善本孝氏、第1回の新スタージュに研修生として参加し、今回のスタージュにはチューターとしても加わった平松尚子氏の三名をパネリストに迎えて議論が交わされた。以下、パネリストの方々の報告の概要をお届けする。

旧スタージュから新スタージュへ ― スタージュの歩みと展望
明石伸子

 スタージュはフランス語教員の教授能力を高めるための貴重な研修の機会である。1963年から40年にわたり、日本フランス語フランス文学会、フランス大使館、文部省(のちの文部科学省)の協力によって行われてきたスタージュであったが、2003年に文部科学省の経費支給に関する打ち切りを受けて、その長い歴史はいったん幕を閉じた。しかし2006年から、当学会はフランス大使館および日本フランス語教育学会と共に、新たなスタージュの実施に取り組んでいる。誕生したばかりのスタージュは、まだ充分に周知されているとは言えない。このスタージュの発展を目指して、今回のワークショップでは、まずスタージュの歴史的経緯を確認し、現行のスタージュの運営方法や研修内容の紹介をしたのちに、将来への提言を試みた。

 2003年までのスタージュが廃止となったのは、うえにあげた文部科学省の撤退が最も大きな原因であったが、それを後押していた理由のひとつが、研修参加者の減少であった。日本フランス語フランス文学会の『学会ニュース』や『学会の歩み』(1988年フランス語フランス文学研究別冊)を読めば、フランス語教育をとりまく環境の変化がよくわかる。そこには渡仏が誰にでも容易になった時分から、フランス派遣を期待して教授法の研修に参加するものが少なくなったとの指摘がなされている。しかし、研修の目的は単にフランスに行くことではなく、教育現場の諸問題を解決できるようフランス語の教授能力を高めることにあるはずで、それならば研修への参加者が減るべき必然性はないと言えよう。

 新しいスタージュの特徴は多岐にわたる。応募資格者の枠は、フランス語教員を目指す大学院生まで拡大された。3月の終わりに実施時期が移行し、選抜されたスタジエールは同年の夏にフランスへ派遣される。合宿から通学の受講形式に変わり、第1回目は日仏会館、第2~3回目は日仏学院が会場となった。期間は4~5日に短縮されたものの、講義内容はFLE(外国語としてのフランス語教育)の初歩を知るためにバランスよく組み立てられている。フランスの教育機関からの招聘講師のほか、日本で活躍する日仏のフランス語教育のスペシャリストにより、教授法の歴史、発音、教材研究、文法、文学に関連した授業を初めとして、ヨーロッパ共通基準枠などの最新情報が提供されている。また模擬授業の実習も含まれる。参加者の費用負担は3回目の2008年度を例にとると1万6千円で、地方からのスタジエールには1泊5000円までの宿泊補助費が支給されている。

 ワークショップの最後には、プログラムの一部に学習心理学や記憶のメカニズムを探求する脳科学など、他学問領域とのリンクをした内容を盛り込むのも興味深いだろうし、いくつかの授業はオープン参加にして、FLEに関心の高いネイティブ教員との出会いの場にも利用できないかなどの提言を示唆した。これらは3回のスタージュの企画・運営に携わった委員としての私見に過ぎないが、スタージュがフランス語教育のクオリティーを高めると同時に、学会活動の活性化に貢献すれば理想的であると思われる。 

新旧スタージュの歴史と課題
善本孝

1.「志賀高原(蓼科)スタージュ」と「フランス語教育セミナー」

これまで日本で実施されてきた主なフランス語教員研修は、日本フランス語フランス文学会・駐日フランス大使館・文部省(当時)によって1963年から41回開催された「志賀高原(蓼科)スタージュ」と、1989年から日本フランス語教育学会・駐日フランス大使館・東京日仏学院・Pékaによって15回開催された「フランス語教育セミナー」の2つである。

「志賀高原(蓼科)スタージュ」は教授法にとどまらず文学・文化等を幅広くとりあげ、フランス人講師との2週間集中合宿形式によってフランス語力の強化もをめざしていた。翌年の夏には毎年約20名がフランスでのスタージュに選抜され、文部省とフランス政府から渡航費、受講費、滞在費が支給された。かつてはこのスタージュによって初めて渡仏した教員も多く、フランス語教員の資質向上に大きな貢献をしたといえよう。

 一方「フランス語教育セミナー」は週末を利用して3ヶ月にわたる長期研修のかたちで実施(3時間×10回)されていた。内容は教授法に特化され、日仏混合の講師が担当した。セミナーの修了者にもフランス大使館から渡仏スタージュへの選抜枠が設けられ、毎年数名にスタージュ受講費と滞在費が支給されていた。89年から始まったセミナーは、日本のフランス語教育の現状に即した教授法の理論と実践の研修を目標とし、研究会Pékaと連動することで日本におけるフランス語教授法研究の一つの核を形成したといえよう。

スタージュ、セミナー共に2004年度まで開催されたが、双方とも年々受講者が減少したこと、またスタージュに対する文部省の援助金が打ち切られたことによって、どちらも終了を余儀なくされた。

2.両者の融合体としての新しい「フランス語教育国内スタージュ」

2006年3月に、日本フランス語フランス文学会・日本フランス語教育学会および在日フランス大使館文化部の共催によって新しい「フランス語教育国内スタージュ」が始められた。4日ないし5日という短期間での開催とし、日仏の講師陣による教授法の講習を中心とするスタージュである。修了者から10名程度がフランス大使館によって選抜され、フランスでの教員対象のスタージュに派遣(受講費と滞在費のみの支給)されている。

 フランス語、フランス語教育に関わる二つの学会が、互いの経験と知恵を出し合って初めて共催した事業として、このスタージュには大きな意義があろう。スタージュの内容もこれまでの参加者から高い評価を得ている。

しかし、本スタージュは、当初フランス・スタージュのプレスタージュとして位置づけられたものであり、大使館によるフランス・スタージュへの選抜者数が年々減少していること、また国内スタージュの参加希望者数自体も減少していることから、3回の実施を経てスタージュの性格そのものを改めて見直すことが必要であろう。

2006年フランス語教育国内スタージュに参加して
平松尚子

 2006年のフランス語教育国内スタージュは、それまでとは異なり日本フランス語フランス文学会、日本フランス語教育学会、在日フランス大使館の三者共催による新しい体制でスタートした。またこれは同年8月にフランスで行われる「フランス派遣スタージュの準備段階」として位置づけられていた。そのため国内スタージュの修了者は「夏にフランスで実施される教師研修コースに派遣される」ということが募集要項に明記されており、応募時には課題が課され、書類選考により最終的に14名が研修に参加した。

講師陣は、日本でフランス語教育に携わっている講師のほか、ブザンソン・フランシュ=コンテ大学応用言語学センター(Université de Besançon Franche-Comté, Centre de Linguistique Appliquée)からYves Canier氏を招聘講師として迎えた全10名からなっていた。国内スタージュは「日本におけるフランス語教育」という視点で企図されていることがその大きな特長だろう。「日本におけるフランス語教育」は、日本でフランス語教育に携わるという点、そして日本語母語話者にフランス語を教えるというふたつの側面を持っている。特に対象学生をこのような視点で区分しないフランスでのスタージュに向かう際、一教員としての立場を確かなものにしておくための準備という意味でも、現在日本でフランス語教育に深く携わっている講師陣に指導を受けられることは国内スタージュの大きな価値となっていると言えるだろう。

 授業はすべて参加型のアトリエ方式で行われ、最終日には研修生による教案の作成とその教案に基づいた一人10分間の模擬授業の実践、その模擬授業に対する講師陣からのフィードバックがあった。全4日の研修日程のうち 2日目から本格的に始まったプログラムには、計7種類の授業に加えて、模擬授業をするための教案作成と授業の実践,講師陣による評価と総括があり、総授業時間数は約20時間であった。「フランス語教授法」「日本人教員とフランス人教員との協力による授業立案と運営」「文法をどう教えるか」「Cadre commun de référence(ヨーロッパ共通参照枠)とDELF-DALF」「教材分析」「Nouveaux outils pédagogiques」「Méthodologie des documents authentiques écrits et oraux」「発音の教え方」「授業分析の手法・新教案準備」「教案の発表と討論」という内容である。とくにフランスからの招聘講師によるアトリエや「ヨーロッパ共通参照枠とDELF-DALF」、「新しい教育ツール」といったアトリエは、若手教員だけでなく教育経験が豊富で授業のやり方も確立しているベテラン教員にとっても、教授法の変遷とともに現れる新しい概念や切り口にふれるという点で大変貴重な機会となるように思われた。