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2008年2月27日 15時39分 [WEB担当]

私市保彦『名編集者エッツェルと巨匠たち フランス文学秘史』

書評
 

名編集者エッツェルと巨匠たち―フランス文学秘史

作者: 私市保彦
出版社/メーカー: 新曜社
発売日: 2007/03/20
メディア: 単行本
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私市保彦『名編集者エッツェルと巨匠たち フランス文学秘史』
評者:小倉孝誠(慶應義塾大学

 どのような社会の、どのような時代であれ作家が作品を書くという行為は、それを取り巻く多様な文化的・社会的網目の中に組み込まれている。象牙の塔で孤高の態度を貫いたかに見える作家や、生前まったく無名で死後にその価値が発見されたような作家であっても、同時代の「文学場」の力学から完全に自由でいることは難しい。

 そうした文学場の一つが出版業界であり、そこで働く編集者の存在である。そしてこの問題はとりわけ19世紀文学にとって大きな意味をもつ。七月王政期(1830-48)は印刷技術の進歩と国民の識字率の向上にともない、出版・ジャーナリズムが飛躍的な発展を遂げた時代であり、15世紀グーテンベルクによる活版印刷術の発明以来の「書物の第二の革命」(アンリ=ジャン・マルタン)とさえ呼ばれる。この時代、編集者は同時に出版人であり、作家にたいする彼らの影響力は18世紀までよりも圧倒的に強く、20世紀よりもおそらく大きかった。そうした編集者を代表する一人がピエール=ジュール・エッツェル(1814-86)で、私市保彦氏の近著はそのエッツェルの活動と、同時代の文学者たちとの交流を最新の文献資料にもとづいて丹念に跡付けた500ページに及ぶ文字通りの労作である。

 私市氏のエッツェルにたいする深い関心は、久しい以前からのものだ。『ネモ船長と青ひげ』(1978)や『フランスの子どもの本』(2001)でも既に、ジュール・ヴェルヌやエクトール・マロとの関係でエッツェルが言及されていた。しかしそこでは、エッツェルはあくまで流行作家を創り出した伯楽の役割を与えられていたに過ぎない。本書は、脇役だった彼が主役として登場する本格的な評伝である。

 エッツェルと言えばどうしてもヴェルヌと対で語られることが多く、実際この編集者なしに彼の『驚異の旅』シリーズは構想されえなかっただろう。本書でも二人の出会いと協同関係については1章割かれている。二人がいつ、どのような状況で知り合ったかについてはいまだに確かなことは分からない。しかし『五週間の気球旅行』(1862)の原稿を読んだエッツェルが、荒削りながらヴェルヌの才能をいち早く見抜き、彼が進むべき方向性を示唆したことは否定できない。著者は二人の間で交わされた大量の書簡を丁寧に読み解き、エッツェルがテーマの選択、物語の構図、登場人物や場面の設定、風景描写の細部に至るまで作家にこまかな注文をつけていたことを明らかにしてみせる。

 しかしそれだけではない。エッツェルの編集者としての活動は1840年代に始まった。『動物の私的公的生活情景』と『パリの悪魔』は彼がプロデュースした「生理学」本であり、グランヴィル、ガヴァルニなど当代きっての挿絵画家の協力を仰いだこの二作は、19世紀挿絵本の歴史に名を残す。そして自らスタールの筆名で文章を草する作家としても振舞った。彼はバルザックの『人間喜劇』を企画し、当時はほとんど評価されていなかったスタンダールの価値を認めて全集刊行を計画し、ミュッセやサンドらロマン派の作家と親しく交流し、著作権確立に向けて出版社と作家の立場から発言し、教育学者ジャン・マセと協力して『教育娯楽雑誌』を発刊した。挿絵本、豪華本、廉価本シリーズなど、出版史を彩る斬新な試みにおいてエッツェルが果たした役割はきわめて大きい。

 出版の教育的意義をエッツェルは絶えず意識していたし、それは彼の共和主義思想と密接に関わる。1851年のルイ・ナポレオンによるクーデタの後ベルギーに亡命し、同じく祖国を離れたユゴーの『小ナポレオン』や『懲罰詩集』を彼が刊行したのも、そうした思想背景があってのことだ。エッツェルのみならず、19世紀フランスにおいて出版事業と思想・イデオロギー上の立場決定とは不可分である。換言すれば、出版はひとつの政治行動だったということである。だからこそ私市氏は、二月革命や第二共和制、パリ・コミューンや第三共和制などの歴史とエッツェルがどのように関わったかについても、詳細に叙述する。そうした目配りの周到さも本書の価値のひとつになっている。

 かつては歴史家たちが、文化史の立場から出版・ジャーナリズムを論じていた。たとえば、19世紀の主要な出版人ミシェル・レヴィとルイ・アシェットについてはモリエが体系的な研究書を著している。他方、文学研究者の側では近年に至って、文学生産の現場から出発してこのテーマを論じる姿勢が鮮明になってきた。そこにブルデュー社会学の影響が感じられることは否定できない。マリー=エーヴ・テランティの『日常性の文学――19世紀におけるジャーナリズム的詩学』(2007)はその最新の成果である。日本では宮下志朗氏の仕事が想起されるところだろう。こうした研究の流れに位置づけられる私市氏の著作は、19世紀フランスを代表する一編集者に関するわが国初の本格的な研究であり、見事な成果である。