書評(足立和彦『モーパッサンの修業時代 作家が誕生するとき』)
足立和彦『モーパッサンの修業時代 作家が誕生するとき』(水声社、2017年)の書評(自著紹介)が届きました。こちらからご覧ください。
足立和彦『モーパッサンの修業時代 作家が誕生するとき』(水声社、2017年)の書評(自著紹介)が届きました。こちらからご覧ください。
Pourquoi enseigner le cinéma?
パネリスト Olivier Ammour Mayeur(立教大学、コーディネーター)、François Bizet(青山学院大学)、森田秀二(山梨大学)、小川美登里(筑波大学)
Le projet qui a rassemblé les quatre intervenants était une volonté commune de mettre en évidence que le cinéma n’est pas seulement un support dans un cours de langue, mais qu’il permet toujours d’entrer de plain-pied dans la culture et dans la littérature. Qu’il s’agisse de montrer les liens entre littérature et adaptations cinématographiques, ou encore les liens théoriques qui existent entre les pratiques narratives que mettent en place la littérature et le cinéma, dont beaucoup de notions critiques sont communes, chaque croisement entre ces deux disciplines indique des points convergents qu’il faut exploiter au maximum afin de montrer aux étudiants que savoir lire l’un (le cinéma) c’est savoir lire l’autre (la littérature). En d’autres termes, l’un des enjeux de ces interactions, c’est de rappeler que les notions qui nous permettent de comprendre un texte sont les mêmes qui nous permettent d’entrer dans une image, et plus particulièrement dans des images mobiles qui racontent des histoires.
Comment faire pour aider nos étudiants à entrer dans un univers que les médias essaient de leur présenter comme un simple divertissement ? Comment amener les étudiants à une réflexion construite sur les images cinématographiques qui puisse, par la suite, les aider à se former un esprit critique sur les images qu’on leur propose ? Ce sont ces pistes que les panélistes ont voulu explorer pendant l’atelier.
D’abord, Morita Shuji, à partir d’une trajectoire historique comparée de l’enseignement du cinéma au Japon et en France, a expliqué pourquoi et comment il utilise Les Parapluies de Cherbourg de Jacques Demy dans ses classes de langue. Pour M. Morita « Les Parapluies de Cherbourg est un matériel didactique idéal et irremplaçable, avec son récit à la fois simple et original, son français standard parfois vieillot (ce qui ajoute d’ailleurs un certain charme) et surtout son rythme relativement régulier appuyé par la musique de Michel Legrand […] ».
Ogawa Midori a ensuite expliqué son propre parcours dans des classes de culture pour non spécialistes, en s’appuyant sur une analyse comparée du Procès (roman de Franz Kafka et film d’Orson Welles), expérience qui a donné des clés essentielles pour enseigner à des non-natifs. Elle a notamment pointé que « d’une certaine manière, avec la naissance du cinéma, le roman lui a cédé le rôle de décrire les gens, leur quotidien, ce que Langlois appelle “prépondérant de la vie”, puisque le cinéma les exprime mille fois mieux, en les replaçant dans une temporalité réelle, c’est-à-dire en mouvement ».
François Bizet a pris le relais afin de remettre en perspective les points de convergences entre littérature et cinéma, abordés par Mme Ogawa, et montrer comment ce dernier nourrit fondamentalement l’enseignement de la première. Il a notamment rappelé que « le détour par la rhétorique filmique n’est pas une complication, au contraire, c’est le plus souvent une prise d’élan et un raccourci. Je crois que cela vient d’abord de ce que “l’image-mouvement” (Deleuze) possède une qualité de présence qui allège l’accès au jeu et au sens des formes. Je ne dis pas qu’elle les rend immédiats: il faut encore analyser l’image et lui faire dire ce qu’elle ne fait que montrer, mais il me semble que les étudiants sont moins inhibés devant le défilement des images que devant une page hermétiquement figée ».
Pour conclure, Olivier Ammour-Mayeur a pris la parole succinctement pour donner quelques exemples de sa pratique avant d’ouvrir le débat.
Ainsi, de la classe de langue où le film est un support un peu plus ludique que la méthode de langue traditionnelle, en passant par la classe de culture, où le film devient le support d’un autre regard sur la culture étudiée, et sur le monde en général, ou encore dans celle de littérature, où le film permet de nouer ensemble des théories esthétiques et des techniques narratives afin de donner sens à l’œuvre cinématographique, chacune des étapes demande des modalités spécifiques d’approche du support, en fonction du niveau des étudiants.
En classe de langue, l’un des exercices possibles (donner son opinion sur le film) doit permettre aux étudiants de mobiliser les connaissances acquises (grammaire, vocabulaire, conjugaisons…), dans le contexte d’une méthode, tout en les réagençant selon une perspective plus personnelle et qu’ils se rendent compte qu’un avis doit se motiver et que pour y parvenir, l’utilisation de la langue nécessite une organisation. Non seulement dans la phrase, mais aussi dans l’articulation de chaque phrase avec les autres, afin d’atteindre l’objectif d’exprimer ses idées. Selon le niveau de la classe (1ère, 2ème ou 3ème année), soit l’enseignant laisse les étudiants libres, soit il donne des directives plus précises, afin qu’ils se sentent en sécurité. Car, pour beaucoup, c’est souvent la première fois qu’on leur demande de donner leur opinion (ce dans une langue étrangère).
Éditions espaces 34, 2007, Montpellier, présentation et édition de Guillemette Marot et Tomoko Nakayama
鈴木康司(中央大学名誉教授)
1697年にイタリア劇団が、ルイ十四世の逆鱗にふれてパリを追放された後、パリ演劇界に台頭した「市の芝居」は十八世紀全体を通して演劇史上大きな役割を果たしたが、反面、唯一の王立劇団であるコメディ・フランセーズや、十四世の死後1715年にはパリに呼び戻されたイタリア劇団の権利を侵害する存在として迫害を受けた。だが、この両劇団もまた、共に市の芝居を蹴落とそうとする一方、互いに自分たちの喜劇の優位性をアッピールする努力を傾けた。イタリア、フランスそれぞれの喜劇に現れる典型的人物はいずれが優れているか、演技力はいずれの役者たちが上か、作者はどちらが良いか、競えば競うほど、敵意が増す。そのため、この両劇団は1725年ごろには互いに中傷合戦に及ぶほど険悪な関係となった。
本書ではまずコメディ・フランセーズ側のルグランが書き下ろし、1725年11月5日に同座で初演された『フォリーの即興劇』(プロローグ)と『イタリア風フランス娘』が紹介される。
「プロローグは喜劇の女神タレイアを頼って新作を依頼しようとしたコメディ・フランセーズが女神に断られた末、現れた陽気なフォリーにフランス的な戯曲『新参者』とイタリア的戯曲『イタリア風フランス娘』を提案される。」(本書では出版の目的から外れる『新参者』は省かれている)
「『イタリア風フランス娘』の舞台はパリ、イタリア人パンタロンはアガティーヌの後見人で彼女との結婚をもくろんでいるが、娘の方は恋人リュシドールと結ばれることを熱望している。女中のニゾンはイタリア女になりすまし、自分を知らぬパンタロンを騙し、音楽教師に化けたリュシドールを招き入れる。ニゾンはいったん正体を暴かれ追い出されるが今度は愚鈍な下僕アルルカンに変装してパンタロンを信用させる。ニゾンは公証人がイタリア語を解さず、パンタロンはフランス語が判らないのを利用して、パンタロンを騙し、アガティーヌとリュシドールの結婚契約書にサインさせてしまう。」
アルルカンをフランス娘が演じるという新機軸は成功、芝居はその年29回、翌年7回再演された。しかし、音楽、ダンス、ヴォードヴィルを用いたため、音楽権を所有するオペラ界、ヴォードヴィルを自己のものとする市の芝居などから反発を受けたのみか、イタリア喜劇固有の人物であるアルルカンやパンタロンをからかわれたイタリア劇団の反発は激しく、同じ年の12月15日、ドミニクことアルルカン役者で有名なビアンコレッリ、それにロマニェジー、フュズリエの三者によるプロローグつき喜劇『フランス風イタリア娘』が上演される。
「プロローグではアルルカンとパンタロンが、コメディ・フランセーズにイタリア喜劇の登場人物を使ってからかわれたことを恨み、慈悲の精霊に助けを求めると、精霊は彼らにコメディ・フランセーズに同じことを仕返せと勧める。」
「リュサンドの侍女コロンビーヌは、女主人の恋人マリオに主人との結婚の約束を守らせようとしているが、肝心のマリオは心変わりしてシルヴィアとの結婚をもくろんでいる。コロンビーヌは男装し、クリスパンを名乗ってマリオの家に入り下僕としてシルヴィアに仕える。コロンビーヌの策略により、仮面舞踏会でシルヴィアと衣装を交換したリュサンドにマリオは引っ掛り結婚を申し込む。シルヴィアは自分に恋していたレリオの求婚を受け入れ、コロンビーヌはアルルカンと結ばれる。」
前作でフランス娘がイタリア喜劇のアルルカンに扮したように、こちらではイタリア娘がフランス喜劇の人気者クリスパンに扮してふざけてみせる。「目には目を」という仕返しであったが、作品はコメディ・フランセーズの場合と違い失敗に終わった。その理由を語ったのが、最後に収録された『帰ってきたフランス悲劇』である。翌年1月5日にイタリア劇団によりロマニェジー作で上演されたこの小品には、この芝居がイタリア劇団に反感を持つ作家たちの集団による画策で野次り倒され、失敗に終わった経過が述べられている。
三作品のうち、『フランス風イタリア娘』は18世紀に出版されたが、後の二作は草稿から二人の研究者が版を起し編集したものであり、その努力を大いに多としたい。十八世紀演劇研究の泰斗、フランソワーズ・リュべラン教授の指導のもと、これまで明らかにされなかった十八世紀前半の劇場間の争いに光を当てる原資料の発掘に対して、Marot、中山両氏に敬意を表する。
「テクスト布置の解釈学的研究と教育」第2回国際研究集会報告書、名古屋大学大学院文学研究科、2008年
和田章男(大阪大学)
本書は2007年12月に開催された名古屋大学文学研究科グローバルCOEプログラム「テクスト布置の解釈学的研究と教育」主催の国際シンポジウム「バルザック、フローベール―作品の生成と解釈の問題」における研究発表を日本語に訳出した報告書である。欧米と日本の錚々たる研究者による14本の論考と口頭発表時の質疑応答から成る。19世紀の二人の大作家を対象として、「生成」と「解釈」を主題化しながらも、理論的・歴史的考察、草稿に基づくテクスト生成研究、小説技法、タイトルの変容、影響関係、源泉調査など内容は多彩である。両作家に関する最新の研究成果を一覧できるだけでも意義深いが、二つのレベルにおける異なる要素の組み合わせが本書をいっそう斬新なものとしている。すなわちバルザックとフローベールとの組み合わせ、そして「生成」と「解釈」との組み合わせである。
バルザックとフローベール、19世紀の前半と後半に屹立する巨峰とも言える両作家は、とりわけその創作法において著しい相違を示す。前者は90編以上に及ぶ壮大な小説群『人間喜劇』を作り出した多作な作家であるのに対して、後者はわずかに長編5作、短編集1作を公刊した寡作な作家である。この事実を知るだけでも二人の創作過程の違いを推測させるに十分であろう。バルザックは借金を返すためにまさしく猛烈な勢いで執筆・出版を進めてゆく。他方、フローベールは一作につき常におよそ5年の歳月をかけて推敲を重ねている。ステファヌ・ヴァション氏が両作家の創作プロセスの相違を簡潔に紹介しているように、バルザックに関しては自筆の下書きはほとんど残されておらず、実際あらかじめプランや筋書きを決めることなく、印刷過程に進み、ゲラや校正刷りの段階で多くの加筆訂正を行っている。さらには刊行した後にも、再刊の際には変更を加えてゆく。「人物再登場法」も『人間喜劇』という総題も後に考案されたものだ。かたやフローベールはプラン、筋書き、下書きというように極めて秩序立った創作のプロセスを踏まえている。プラン、筋書き段階で作品の構成が確定した後は、文体の彫琢に長い時間をかける。
出版後もさらに生成と変容をやめることのないバルザックの創作のダイナミズムは作家自身の「再読」という行為に由来すると、鎌田隆行氏は指摘する。村田京子氏の論考においては、ウージェーヌ・シューとのライバル関係に基づく作品タイトルの変容が問題となる。また澤田肇氏の論のように、初期作品から『谷間の百合』への絵画的技法の深化もテクスト生成の問題としてとらえることも可能となる。バルザック論とフローベール論の間に掲載されているジゼル・セジャンジェール氏の『バルザックの読者フローベール』は両作家をつなぐ論考であり、本書の構成に有効な役割を果たしている。印刷されたテクストの数十倍にも及ぶ草稿を残しているフローベールは、プルーストと並んで自筆原稿に基づく生成研究が最も盛んな作家であり、これまでも多くの成果があげられてきた。1970年代から始まった生成研究は、構造主義の影響もあって、禁欲的にテクスト内部の変遷を綿密に調査するものであった。しかしながら本書に収められているフローベール論の多くはそのような枠組みから抜け出し、沢崎久木氏のように実人生における体験と創作の関係に焦点を当てたり、荒原由紀子氏、和田光昌氏のように科学的語彙や言説がどのように作品に取り込まれてゆくかを論じている。
本書が提出する重要な課題は「生成」と「解釈」の関係性である。つまり、テクストの生成過程の調査は作品解釈に有効か否かという問題である。本書に見られる二つの異なる論はこの問題がまだ未解決であることと共に、豊かな示唆に富んでいることを表している。エリック・ボルダス氏は、理論的考察によって生成研究は解釈をめざしていると論じるのに対して、フローベール草稿の専門家であるエリック・ル・カルヴェーズ氏は『解釈学に逆らって』というタイトルのもとに生成研究の独自性を主張する。本書の編者である松澤和宏氏は、末尾を飾る論文において、『感情教育』の冒頭部分を取り上げつつ、 « Enfin »という言葉の意味が、テクストの生成過程を調べることによって明らかになると、あるいは意味の重層性があらわになると論じる。確かに、草稿に基づく生成研究はテクストが「いかに」変化していくかを記述しながらも、「なぜ」変化したかという理由をも説明する必要がある。「なぜ」という問いかけを最終稿である印刷された作品にまで及ぼすなら、作品解釈とも必然的につながってくると言えるだろう。
本書はバルザックとフローベールという対照的な創作法を持つ二人の大作家を対象としたことにより、生成論の比較研究の端緒を開いたものであるとともに、草稿のみに留まらない生成研究の広がりと可能性を開示してくれたという意味でも極めて貴重な著である。
サロメのダンスの起源―フローベール・モロー・マラルメ・ワイルド 作者: 大鐘敦子 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会 発売日: 2008/09 メディア: 単行本 クリック: 28回 |
2008年度秋季大会
日 時 | 2008年11月8日(土)、9日(日) |
会 場 | 岩手大学 |
参加者 | |
研究発表 | 45 |
講 演 | Yvan Leclerc氏(Université de Rouen) |
La correspondance de Flaubert | |
WS1 | ネルヴァルと現代性―生誕200周年に際して |
WS2 | ポストコロニアルとフランス語表現作家 |
WS3 | フランス文学とベルギー |
WS4 | Pourquoi enseigner le cinéma ? |