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[広報委員会]

11/11(水)「カリブ海言説の射程――フランス語圏文学の《現在》と照らし合わせて」開催のお知らせ

イベント

(公財)日仏会館では、下記のイベントを開催いたします。皆さまのご参加をお待ちしております。

「カリブ海言説の射程――フランス語圏文学の《現在》と照らし合わせて」

【講師】恒川邦夫(一橋大学名誉教授)
【司会】塚本昌則((公財)日仏会館、東京大学名誉教授)

日時: 2026年11月11日(水) 18:00 - 20:00
場所:日仏会館ホール(恵比寿)
参加費:一般1,000円、日仏会館会員/学生 無料(要参加登録)

▼詳細・お申し込みはこちら
https://fmfj-20261111.peatix.com/ 

ベルリンの壁崩壊後の世界に対して、マルチニックの若い世代(シャモワゾー、コンフィアン、ベルナベ)が人種や文化の混成(混淆)を称揚したマニフェスト『クレオール性礼賛』は強いインパクトを与えました。ただし日本では、「クレオール」は北のアイヌから南の琉球まで、日本社会に存在するさまざまな人種や地域の問題にからめて受容されました。そのためマニフェストの書き手たちが住むカリブ海の《言説》に関わる歴史問題――奴隷貿易や植民地主義――に正面から向き合うような形では受容されませんでした。

論者が初めてカリブ海の仏領の島々を訪れたのは1996年のことです。エメ・セゼールは83才、エドゥアール・グリッサンも68才になっていました。セゼールは自らの全集の刊行も終わり、フォール・ド・フランス市長の最後の任期をつとめながら、生きたレジェンドとなっていました。グリッサンもコロンブスによる新世界発見の年から数えて五百年の節目の年にあたる1992年に、隣島セントルシアの英語表現の詩人・劇作家デレック・ウォルコットとノーベル文学賞を争って、僅差で敗れています。しかしマニフェストを書いた若い作家たちはグリッサンを彼らの言説の支柱と仰いでいたため、彼らへの注目はグリッサン思想への関心の深まりとなり、グリッサン自身も若き弟子たちとの差別化をはかろうとして、残された人生を特異な《全-世界論》の構築に傾注しました。

しかしセゼールもグリッサンも世を去った現在、あらためて、カリブ海世界を発信源とするフランス語圏文学とは何であったのかと問うと、そこにはあらためて根深い植民地問題が横たわっていることがわかります。それはかつて「セゼールが死んだら、アフリカが慟哭するだろう」と言われたことを想起させる事態でもあります。2024年にエメ・セゼールの生誕111年記念シンポジウムがフォール・ド・フランス(マルチニック)のリセ・シェルシェールで開かれました。論者はそこに招かれた一人ですが、当シンポジウムはセゼールやグリッサンが遺したカリブ海言説の射程を、仏語圏文学(とくに仏語表現黒人アフリカ文学)の《現在》に照らし合わせ、あらためて測定する機会となりました。講演会では、この時に感じたカリブ海言説の現在についてご報告いたします。