Site Web cahier ── 書評・エッセー・研究レヴュー

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2008年1月17日 13時58分 [WEB担当]

2007年度秋季大会ワークショップ1

WS

中世研究における電子テクストの現状と将来性―中世南仏語データベース(COM)刊行によせて

パネリスト:Peter Thomas Ricketts(ロンドン大学・バーミンガム大学名誉教授),後藤斉(東北大学),高名康文(福岡大学),瀬戸直彦(早稲田大学・コーディネーター)

COMの有用性の例証
後藤斉

 リケッツ氏に対しては、COMによって、中世南仏語のテキストを網羅的に集成し、電子化して研究者に公開し、しかも、使いやすい検索プログラムを添えていただいたことに深く敬意と感謝の念を表したい。このようなテキスト・データベースは他言語にも例はなく、中世南仏語の研究のレベルの高さを示すものである。

 COMの特長についてはリケッツ氏から詳しく説明があったが、私からは、別の例を挙げることによってその有用性を示すことを試みてみたい。今はたまたま秋であるので、「秋」を取り上げることにしよう。

 周知のように、日本の詩歌では、千年以上にわたって、四季のそれぞれが題材として好んで取り上げられたが、秋は特に好まれていたと言えるのではなかろうか。紅葉や秋の夕暮れを歌った歌はすぐに思い浮かぶ。トルバドゥールの詩ではどうであったろうか。トルバドゥールの詩で春がよく歌われていたことは知られている。復活祭の季節、四月や五月などは明らかに好まれた題材であった。秋はトルバドゥールではどのように扱われていたのだろうか。

 このようなことは、COMを使えば容易に調べることができる。COM1およびCOM2の範囲でautomneに当たる語を検索するには、すべての屈折形と書記上の変異体を選択するように注意しなければならないが、autom, automp, autompne, auton, autons, autum, autun, autuns の8語形となる。これらの用例は11しかなく、そのうち6例は BRV、すなわちたまたまリケッツ氏の校訂による Le Breviari d'amor de Matfre Ermengaud からのものである。他の3例はマイナーな散文テキストのものであり、COM1のトルバドゥールの詩には次の2例しかない。

PC 434 016 002 de ver, d'estiu, d'autompne, e d'ivern/,

PC 434 016 014 autompne, tro al comensar d'ivern/;

PC番号から分かるようにこの2例は同一の詩に属する。002行に現れているように、この詩は四季のそれぞれを歌ったものであって、特に秋のみを扱ったものではない。また、作者はCerveri de Gironaというカタルーニャの詩人であり、中心的なトルバドゥールとはいえない。

 トルバドゥールの詩において「秋」の語が現れるのは、これだけである。秋はトルバドゥールにおいて決して好まれる題材ではなかったことが、これによって示された。

 なお、「11月」(novembre, novembres)の用例も COM1, COM2を合わせれば11例あるが、COM1には 1 例しかなく、上記のCerveri de Gironaの詩に現れるだけである。「四月」(abrilなど)や「五月」(maiaなど)の多さとは比べ物にならない。このことも、秋が好まれなかったことを示している。

 一方、冬もまた寒い、いやな季節とみなされていたようであるが、冬への言及は決して少なくない。hivern, ivern, iverns, ivernz, ivers, yvern の語形を合わせると、COM1において55の用例がある。秋とは明らかな違いがある。

 以上の検索の試みによって、私なりにCOMの有用性を具体的に示しえたものと考える。

コーパスの不均一性の問題
高名康文

 COM2は、刊行されている校定本を元データとしているため、ある作者の全集が存在しない場合には、別々の写本を底本にして別々の方法で校訂されたテクストが入力されているということもある。このようなコーパスの不均一性について質問をしようとしていたが、あらゆる写本を入力したCOM4の出現により、この問題は解決されることが分かった。

 膨大で先が見えない計画であるのかと思いきや,あと数年で完成をするということである。心より敬意を示し、完成を心待ちにしている。

電子資料の有効性

瀬戸直彦

 2001年にCOM1(Concordance de l’occitan médiéval 1, Turnhout, Brepols)が刊行され,トルバドゥールのテクストすべてが簡単に参照できるようになった。2005年にはCOM2が出て,これにはCOM1の内容に加えて,韻文による中世南仏語の文学作品すべてが収録された。げんざい編纂中のCOM3は,さらに百科全書などオック語の散文作品すべてを対象とする予定であり,さらに将来的には,各写本の収録作品をそのまま復刻するCOM4も計画されている(2007年12月のリケッツ氏からの連絡によれば,必要な経費に深刻な問題が生じているらしい)。

 今回のワークショップでは,このCOM全体を構想し,編纂されたピーター・T・リケッツ教授に,壮大な規模のこの計画を実行に移された経緯と意義,ならびに,じっさいの利用法を初めに語っていただいた。また,COM3とCOM4のデモ版ともいうべきものを用いて,じっさいにパソコンを操作しながら示していただいた。スクリーンを通して中世の分野での電子テクスト(データベース)の有効な活用のしかたが,オック語に親しんでいない参加者にも具体的に理解いただけたのではないかと思う。

 私は電子資料については,貧弱な知識しか備えていないが,このワークショップをつうじて理解できたことを以下に,私なりにまとめておきたい。

(1)中世オック語文学のinstruments de travailとしては,従来,19世紀のFrançois J.-M. RaynouardによるLexique roman(1836-1845, 6 vols.)と,それを補完するEmil LevyによるProvenzalisches Supplememt-Wörterbuch(1894-1924, 8 vols.),そして後者による袖珍版Petit dictionnaire provençal-français(1909),そしてFEWしかほとんど存在していなかった。近年DOM (Dictionnaire de l’occitan médiéval, Tübingen, Max Niemeyer, 1996-)の刊行が始まっているものの,まだ5分冊(a-airienc)までで刊行は遅々として進まない。そのような状況のなかで,辞書とは性格を異にするとはいえ,このCOMの精力的な刊行は驚嘆に値する。

(2)COMは,テクスト中の行数,césure,固有名詞の指示が明確で,脚韻やrime intérieureなど詩法の研究にも威力を発揮する。複合検索も可能である。この種の試みは,フランス文学の各分野のなかでも先駆的といえよう。

(3)校訂版のapparatus criticusから各写本の読みを正確に復元するのは,写本の数が多ければ多いほど困難になる。COM4にいたって,各写本の読みがたちどころに画面上に現れるとしたら,ヴァリアントとして埋もれていた語彙の研究に便利である上に,各写本の示す独自の文脈が明らかになり,テクストを解釈するのにはかり知れない有効性を発揮するであろう。ただし句読点や略字の処理,写本の体裁の指示など,édition diplomatique をどこまでinterprétativeなものとするかは微妙な問題であろう。

(4)パネリストの後藤先生がCOMを用いて明らかにしてくださったように,たとえば「秋」という語彙が中世南仏語では乏しいことが,使用例の数によって明瞭となる。ただしorthographeの確立していない中世のテクストの場合は,可能性のある綴り字を網羅するためには経験を必要とするし,COMの備えるいくつかの約束ごとに習熟する必要があるだろう。