「ソーカル事件」を考える
「ソーカル事件」を考える
パネリスト | 高橋純(小樽商科大学) 大平具彦(北海道大学) 赤羽研三(上智大学) |
パロディ論文の捏造に始まって、ポストモダン思想における一知半解の科学的概念の濫用の実態を暴いたとされる「ソーカル事件」を取り上げたこのワークショップは、特定のテーマに基づく研究成果を検討しあうことを目的としたものではなかった。また、誰が悪ふざけの張本人かと問いかけはしたが、これもまた犯人探しを目的としたものではない。
これはオール・オア・ナッシングで割り切れる問題ではない。公平に見てソーカル側からの告発はどれくらい当たっているのかという率直な疑問がある。ワークショップの意図するところは、この素朴な疑問に根拠を与えることであったと言えよう。大平は、「事件」の遠因をフランス的(実はローカル)な独自の思考スタイルに観取して、これをグローバルな地平で相対化してみる必要性を示唆した。赤羽は、メタファーの理論に基づいて、メタファーとして用いられる科学的概念の中に何を読み取ろうとするかという姿勢が「事件」の当事者間で異なってしまっている点に両者の断絶を指摘した。高橋は、情動性を対象としうるか否かに哲学と科学の知の根本的な相違を指摘して、そうした異質な領域での説明手段として援用される科学的概念の必然性・有効性に疑問を呈した。
諸学が固有の領域で現実に向き合うとき、見据える対象の違いがそれぞれの学の間に境界を作り出しているように見える。「ソーカル事件」はこの境界を不用意に越えようとすることへの警告であるとも受け取られようが、これはまた、「二つの文化」のより深いレベルでの対話を模索する必要性を悟らせてくれるものであることを、ワークショップ参加者と共に確認できたと考える。(高橋)