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2008年3月1日 17時54分 [WEB担当]

私市保彦・加藤尚宏責任編集『バルザック幻想・怪奇小説選集』全5巻

書評

 

百歳の人―魔術師 (バルザック幻想・怪奇小説選集)


作者: オノレ・ドバルザック,私市保彦
出版社/メーカー: 水声社
発売日: 2007/04
メディア: 単行本
クリック: 14回


評者:松村博史(近畿大学

 今回出版された『バルザック幻想・怪奇小説選集』は、バルザックといえば『人間喜劇』、『人間喜劇』といえばレアリスム小説という「常識」のいわば裏を行くものだ。全5巻のうち、『人間喜劇』からの作品は第3巻と第4巻のみで、第1,2,5巻はそれ以外から採られている。選集の中で『人間喜劇』から選ばれている作品にしても、通常バルザックの代表作と考えられている作品とは違う、現実とは何らかの意味で乖離した背景を持つものばかりである。

 バルザックの主要作品を読むだけでも大変なのに、まして『人間喜劇』以外の作品となると、専門家以外にはとても手が回らないと考えるのが普通ではないか。プレイヤード版では『人間喜劇』全12巻に続いて、『諸作品集』が全3巻刊行予定のうち第2巻まで出ているが、本国フランスにおいてさえこれをどのくらいの人が読んでいるか。

 しかしこの選集はそうした作品を専門家だけではなく一般読者に向けて、誰が読んでも間違いなく楽しめる小説を選び、現代的な軽快で切れ味のいい日本語で翻訳しているという点が第一の功績だ。フランスにおいてもバルザック生誕二百周年の1999年に、この選集にも収められた『百歳の人』『アネットと罪人』を含むバルザックの初期小説集が、碩学アンドレ・ロラン氏の編集により手頃な価格で読みやすいブッカン版で刊行されているが、それにも比べることの出来る試みだと言えよう。

 全5巻のうち、第1巻『百歳の人』と第2巻『アネットと罪人』は、バルザックがのちに『人間喜劇』に収められる作品を書き始める前に書いた、「青年期の小説」あるいは「初期小説」と言われる作品のうちの二つである。これらの作品は、バルザックが金のために書き散らした通俗的な小説と一般には受け止められているが、読み返してみるとそれだけではないことが改めて実感できる。

 『百歳の人』においては、名門貴族の始祖で十六世紀以来ずっと若い娘の生命を奪いながら生き続けているベランゲルト=スキュルダンという人物が登場する。もちろん三百年の寿命を持つ人間など存在しないという意味では、これは非現実的な「怪奇」小説と位置づけられるだろうし、荒唐無稽と言われても仕方ない。しかしよく読むと、この作品の中では貴族の血筋の永続性を象徴すると思われる「百歳の人」が、自らの能力と才能だけでのし上がってきたナポレオンの人物像と巧みに対比させられ、主人公のテュリウスは二つの価値観の間で思い悩み、揺れ動くことになる。そのように見ると、この作品はこれを書いた当時のバルザックにとっての「現代」を表現しているのであり、この時点における作家の時代の証言ということにもなるだろう。

 『アネットと罪人』は、大罪を犯した海賊の首領と信仰に篤い清純な少女との恋愛を描いた小説で、当時流行していた「盗賊小説」の系譜に属する大衆小説であるが、『人間喜劇』の読者にとってはのっけから人物描写がのちの作品に見出されるそれに近づいていることに気付かされることになる。そこにはすでに人相学の萌芽が見られ、描写から導き出される人物の性格がのちの物語の展開を決定していくという、バルザック作品の紛れもない特質が見出されるのである。解説で監訳者の私市氏も指摘するように、この小説には「ほとんど『人間喜劇』にとどかんばかりの部分が随所に見られる」のであり、「後年の『人間喜劇』に発展する原石」が光輝を放っている。

 第3巻『呪われた子他』と第4巻『ユルシュール・ミルエ』は、『人間喜劇』に属する作品から採られており、その中でも幻想的あるいは超現実的な特徴を持つ作品が集められている。これらを見れば、青年期の小説に特徴的な、一見現実離れした諸要素は、決して初期作品に限られず、バルザックののちの作品にも一貫して存在し続けていることがわかる。

 第3巻に収められた8編の中短編の特徴はさまざまだが、例えば『百歳の人』に見られた貴族の血筋の継承という問題は、この巻の『エル・ベルドゥゴ』や『不老長寿の薬』『呪われた子』にも直結する。これは解説で芳川泰久氏が明らかにしている父親殺しのテーマとも関連するだろう。その他に悪魔との契約というテーマを十九世紀のパリに顕現させてみせる『神と和解したメルモス』、炎天下の砂漠における兵士と牝豹との恋を描く『砂漠の情熱』、パリのサロンでの会話を枠として恐怖を伴う恋愛のエピソードをモザイクのように積み重ねていく『続女性研究』など、バルザックにおける幻想・怪奇の様々な相をここでは見ることができる。

 第4巻の『ユルシュール・ミルエ』は1841年の長編小説で、この作家としてはほとんど後期にかかろうとする時期の作品である。そこには身寄りのない主人公の少女ユルシュールの財産が親戚の者たちに奪われようとする中、死んだはずの養父が夢枕に立ち、財産をせしめようとする者たちの犯罪を彼女の目の前にまざまざと映し出し、さらに悪党たちの末路まで予見して見せる場面があり、それが筋の展開の上で中心的な位置を占めている。この作品には、現代の言葉で言うならば心霊現象、透視、予知夢などの超常現象が見られ、『人間喜劇』の中でもSF的な側面を持つ異色の作品だが、それが金銭欲に囚われた人間どもの醜悪さを浮き彫りにすると同時に、そうした社会の中で倫理を確立することの難しさあるいは不可能性をかえって明らかにする。

 バルザックにおける非現実的あるいは超現実的要素は、『人間喜劇』の小説群において早い時期に限られるわけでも、周辺的な位置を占めているわけでもなく、同時代の社会の描写、風俗研究的な要素に有機的に結びつき、その本質的な部分となっている。バルザックの描く非現実は、いわば現実を理解させ、その意味をより明確にするために引かれた補助線のようなものだ。こうした諸要素の存在もまた、『人間喜劇』が社会全体の縮図となることを可能たらしめているのである。

 第5巻に収録された作品は、本選集で読むことのできるさまざまな文章の中でもとりわけ特異なものである。「動物寓話集」は、1842年(バルザックの作品が『人間喜劇』の総題のもとに出版され始めたのと同じ年である)に、『動物の私的公的生活情景』のタイトルで出された戯文集からの抜粋である。この作品を一言で表現するなら、十九世紀フランス版鳥獣戯画ということになるだろう。ここには猫、ロバ、ライオンなどの動物、雀などの鳥だけではなく、虫(染料の原料となるエンジムシ)までが登場し、同時代のフランス社会を諷刺してみせる。しかし同時にこの作品は、同じ巻に収められた古今の哲学者・政治家の饗宴を描く「魔王の喜劇」、「廃兵院のドーム」とともに当時の世相についての言及が随所に見られ、幻想的でありながらジャーナリスティックな側面も併せ持っている。

 この選集の持つもう一つの魅力は、これまで見てきてわかるように、テクストの選び方の妙である。ここに含まれる作品は、単に読んで面白く引き込まれるというだけではなく、バルザックにおける幻想・怪奇的な側面の諸相を明らかにし、それが持つ本質的な意味合いについて考えさせる。少し前に刊行され、バルザック作品全体の山稜を成す小説を集めた藤原書店の「『人間喜劇』セレクション」とともに、現代を代表するバルザック翻訳の成果と言えよう。