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2018年度春季大会・ワークショップ4


アンドレ・マルローと視覚芸術


永井敦子(コーディネーター、上智大学)
昼間賢(立教大学)
Françoise NICOL(Université de Nantes)
吉村和明(上智大学)

 小説家マルローの存在感が薄れて久しい。他方近年、マルローはむしろ複製論や博物館学等の分野で話題に上っている。私たちは、これ らふたつのマルローの相互貫入性をたどることでこそ、新たなアプローチを獲得できると考える。

 まず、昼間の報告「マルローと写真 ―『世界彫刻の想像美術館』における写真的世界観」。2004年に全集に加えられて以来、美術論は、 特にディディ=ユベルマンの強烈な批判に曝されながらも、新たな関心を集めている。そこで、写真という制約でも可能性でもある媒体に よって一連の「想像の美術館」を制作した作家マルローに注目しつつ、美術全集というよりは写真集として、なかでも『世界彫刻の想像美 術館』について考察を深めることで、従来の批判を乗り越える展望がありうるのではないかと問う。

 ニコルは「マルローとマッソン、1922年から1976年の連続線」と題し、美術論にはほとんど登場しないマッソンが、マルローと親密な友 人関係にあったことを実証的に示す。さらにマルローがマッソンの芸術論を評価する理由等を明らかにする。

 吉村は「マルローと映画 ― ありそうもない遭遇」と題し、スペイン内戦下での映画『希望 テルエルの山々』の制作、映画をめぐる理 論的考察「映画心理学の素描」の執筆、文化相としての映画の擁護と「ラングロワ事件」という逆説的な結末という三つの側面で、マルロ ーが映画に関わったことを示す。マルローの映画へのこうした関与は、それぞれの側面がからみあって映画という表現媒体にかんする多元 的な問いかけを形成している。まずはこうした問題点を整理しておく。(発表は昼間、吉村は日本語、ニコルはフランス語で行う。)

 

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2018年度春季大会・ワークショップ3


初期近代におけるテクストのデジタルアーカイブ構築にむけて
 ─ 国際人文学共同研究の可能性を求めて

逸見龍生(コーディネーター、新潟大学)
Maria Susana Seguin(モンペリエ・ポール・ヴァレリー大学)

本ワークショップでは、Maria Susana Seguin(17 世紀・18 世紀フランス文学・思想史・科学史)をメインスピーカーとして迎える。同教 授が現在進めている国際共同研究に関する基調報告を受け、デジタル・ヒューマニティーズ(デジタル人文学、DH)のフランス文学史・ フランス思想史研究における現況とその意義、課題を本学会と質疑応答を交えて共有していく。
デジタル情報の発展が人文学研究の実践の場にインパクトを与えるようになってすでに久しい。かつては多大な労力をかけねば閲読でき なかった中世から初期近世、近代にいたる稀覯本も、Gallica や Google Books などを始めとするデジタルデータの普及によってアクセスの 様態は大きく変容した。また横断的な全文検索システムの進展は、人文学における読解アプローチを以前よりはるかに多様化させつつもあ る。さらに、Web を介した研究情報の国際共有を目指す共通のプラットフォーム構築向けた国際研究の動きも拡大してきた。
Seguin 氏が牽引しているデジタルアーカイブ・プロジェクト、Réseau Européen d’étude de la République des Sciences は、そうしたトランス ナショナルな学術活動のひとつとして、ヨーロッパのみならず世界の研究機関と連携してアーカイブを構築しようとする人文学研究情報の 最新研究である。個人の作家・作品研究とは異なる多様で大規模な電子コーパスの構築とその利用を対象としており、フランス文学の分野 で従来より刊行・公開されてきた作家を中心とするデータベースとはやや異なるアプローチを採る。従来とは異なるどのような方法を取っ ているのか。それが初期近世のテクスト読解にいかなる可能性をもたらすのか。デジタルアーカイブ研究の意義と課題、あるいは日仏国際 共同研究のさらなる研究連携の方法などを含め、ワークショップとして会場からのコメントの時間を十分にとりながら、多面的に議論を深 めていきたい。
 

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2018年度春季大会・ワークショップ2


女性作家と文学場のジェンダー
小倉孝誠(コーディネーター、慶應義塾大学)
川島慶子(名古屋工業大学)
村田京子(大阪府立大学)
東辰之介(駒澤大学)

 18 世紀から 19 世紀にかけては、科学的啓蒙や文学の領域で多くの女性が活躍し、同時代的には多くの読者を得ていた。しかし例外を除 いて、その後それら女性作家の多くは科学史や文学史から排除されてきた。近代は知と文学の言説を戦略的に「男性化」してきたと言える かもしれない。知の生産や創作が展開する「文学場」は、ジェンダー的な力学と無縁ではないのだ。本ワークショップでは、18 世紀の女 性科学啓蒙家と 19 世紀の女性作家を対象にして、同時代の男性作家と比較しながら、広義の「文学場」とジェンダーの関係を問い直す。
 川島は「女が書くこと、公表すること、名前を出すこと」に着目する。女性作家を扱う場合、この三要素は分けて考えなければならない。 ここでは 18 世紀の科学啓蒙家エミリー・デュ・シャトレを取り上げ、彼女が科学の本を書き、出版し、そこに自らの名を冠するに至った 経緯を、ジェンダーの視点から分析する。
 村田は「捨てられた女」のテーマを取り上げる。このテーマはオウィディウスのサッフォー像に遡り、バルザックが同名の小説を出版す るほどの文学的クリシェとなっている。男性作家が創造した「捨てられた女」のテーマを女性作家がどのように扱ったのか、スタール夫人 やサンドの作品をバルザックの小説とも比較しながら検証する。
 東はソフィー・ゲーを取り上げる。『アナトール』(1815)で知られる彼女の小説の魅力は細やかな観察にあるが、それだけでは長いキャ リアを築くことはできなかった。女性作家が特別視されていた文学場において、ゲーはどんな戦略を取ったのか。ジャンル選択や男女の描 き方に注目し、バルザックら男性作家と対比して検討する。
 

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2018年度春季大会・ワークショップ1


〈聖なるもの〉の〈ポリティック〉― シモーヌ・ヴェイユから出発して

鈴木順子(コーディネーター、東京大学非常勤講師)
有田英也(成城大学)
岩野卓司(明治大学)
上田和彦(関西学院大学)

 20 世紀前半を駆け抜けた、知と信、そして行動の人シモーヌ・ヴェイユ(1909‐43)。2019 年の生誕 110 周年に先立ち、昨年末われわれ は『シモーヌ・ヴェイユ 〈聖なるもの〉と〈ポリティック〉』(水声社、2017)を刊行し、ヴェイユの宗教的側面と政治的側面がいかなる 関係を取り結んでいたかを解き明かすことで、彼女の思想の 21 世紀的意義をヴェイユ研究の中心と外部の両面から問う試みをした。今回 のワークショップでは、上記共著者であるパネリスト四人がその試みをさらに進めようとするものである。
 鈴木は、ヴェイユにおける「聖なるもの」と「苦しみ」「歓び」との関係に着目し、そしてその関係が彼女の(一見犠牲的な)政治的行 動を、どのように支えたかを考察する。有田は、不幸と悪をめぐる『重力と恩寵』の考察を手掛かりに、 ヴェイユが集団的な肉体労働に 見出した霊性について考える。岩野は、バタイユとヴェイユにおける聖なるものと政治の関係を、過剰と死のテーマに沿って考察する。上 田は、ブランショによるヴェイユ読解を手がかりとして、不幸と注意をめぐるヴェイユの思索が、いかなるポリティックにつながるのかを 取り上げてゆく。
 このワークショップは、ヴェイユを中心テーマとしつつも、それに留まることなく、同時代や後の時代の文学・思想・歴史とも関連づけ ながら幅広く考えていくことを目的としている。従って多くの時間をパネリスト同士の議論に、また何よりも会場の皆さんとの質疑応答に 割きたい。ヴェイユの提起する問題を様々な立場から共有する貴重な機会となることを期待している。